コラム

近代セールス掲載記事: 若手の能力をグッと伸ばす上手な褒め方・叱り方

近代セールス掲載記事: 若手の能力をグッと伸ばす上手な褒め方・叱り方

執筆者
株式会社オフィシア代表
原 美聖

就活が売り手市場となった昨今は、第一志望に就職する新卒者が増えている。新入社員の会社の選択理由を見ると、1位「能力・個性が生かせる」(・2%)、2位「仕事が面白いから」(・8%)と意欲が高いことが分かる(〈公財〉日本生産性本部調べ)。

一方で、「仕事をしていくうえで人間関係に不安を感じる」新入社員は3分の2に迫り、意欲だけでなく不安も大きい。若手に能力を発揮させ、職場の生産性を高めるには、意欲と不安が同居する彼らをいかにして導いていくかがカギを握る。

 

褒められなければ人は組織で頑張れない

最近、若手からよく聞くのが「私は褒められて育つタイプなんです」という言葉だ。褒められれば誰でも嬉しいに違いない。だが、この台詞の背後には別の言葉が隠れている。それは「私は叱られるのが苦手なんです」。実は、言葉の中には「怖い」という気持ちが潜んでいるのだ。

では、若手の気持ちを左右する「褒める」「叱る」とはどのような行為なのだろうか。

マズローの欲求5段階説という心理学の世界で広く浸透している理論がある。それによると人は、何らかの組織や集団に属したとき、その中で認めてもらいたいという気持ち(承認欲求)が湧いてくる。承認欲求は、他人から褒められることによって満たされる。人は、所属した集団で価値ある存在と評価され、他人から認められることで「今の自分でいいんだ」という自己肯定感が高まり、意欲が生まれ、「目標を達成しよう」という段階に進めるのだ。

逆にいえば、褒められることがなく、承認欲求が満たされない状態で、ただ「頑張れ」と言われても、やらされ感と無力感が増すばかりになる。さらに、懸命に努力したのに認められないとなると、「なぜ頑張る必要があるのか?」と疑問が出てくるし、「どうせ何をしても自分はダメなんだ」と自己肯定感も低くなる。

一方、「叱る」とは、目下の者の言動の良くない点を指摘して、改善させようとする行為を指す。適切なタイミングで適切な手順と表現で叱る行為は、若手の欠点を補い成長させるために、非常に重要である。

ただ、叱る行為は、タイミングや手順、表現などを誤ると逆効果になってしまう。特に忘れてはならないのは、怒ることとは別という点だ。「怒る」は腹を立てることをいうが、「叱る」にそういう意味合いはない。

 

①やる気を高める褒め方

何を褒めるのか

いきなり若手を褒めろと言われても、何をどうすればよいのか戸惑う人もいるだろう。管理者として褒めるなら、長所、努力、成果の3点がよい。

①長所や得意分野

まずは、若手の長所や得意分野から褒めよう。長所については、例えば元気がいい若手には「元気がいいね。職場が活気づくよ」。反対に、静かに黙々と仕事をする若手には「落ち着いているね。安定感があっていいよ」などと伝える。

そして、得意分野については、その能力が活かされたタイミングで、すかさず褒める。例えば、PCスキルが高い若手にシステムの使い方を教えてもらったら、その場で「よく知っているね。あなた(君)がいて本当に助かった」と称えるわけだ。

自分の能力を認められると自尊心が高まり、もっと貢献したいというモチベーションにつながる。得意分野については、本人も職場でその能力を発揮したい、活かしたいと考えている場合が多いので、「この調子で頑張ればいいんだ」と安心できる。管理者は前もって、部下は何が得意かを把握しておくとよい。

②努力や成長

まだ十分な成果につながっていなくても、本人なりに努力をしていたら、その頑張りを認めてあげよう。例えば、ほかの人よりも早く出勤して資格の勉強をしていた、前回指導した稟議書の書き方が改善されていた場合などだ。自分の努力や成長を褒められると「しっかりと見てくれているんだ」と考え、めげずに頑張ろうという意欲が生まれやすくなる。

③成果

結果を出したときは、しっかりと評価の言葉「よくやった」「頑張った」を伝えたい。そして、褒めると同時に、さらなる成果を期待されていると実感できる言葉を掛けることが有効だ。「優秀な人材を配属してもらったと思っている」「いずれは○○を担当してもらいたいと思っている」「期待している」などと続けるとよい。

 

その場ですぐに気持ちを伝える

いつ、どのように褒めるのか

やはりタイミングは外さないことが大切だ。例えば、部下が新規先を開拓して営業から戻って来たときに、自分は他の仕事で手が離せなかったとしよう。「よくやった」と気持ちでは思っていても何も言わないで、2日後に褒めたとしたらどうだろうか。やはり効果は薄れてしまう。

何かを達成したタイミング、つまり本人の気持ちが高まっているタイミングで褒めるのが、一番効果も高くなる。ちょっとでも手を止めて本人のそばに行き、一言「よくやったな!」という思いを伝えてあげよう。

褒めるときは、「YOU&Iメッセージ」と呼ばれる言葉遣いが有効である。「あなた」の行動と「私」の気持ちを合わせた伝え方だ。例としては、「(あなたは)いつも頑張ってるね。(私は)嬉しいよ」「仕事が速いね。おかげで助かる」「よくやった。これからも期待しているよ」などなど。相手の行動の後に自分の気持ちを伝えると、相手の心に響く。

 

②成長を促す叱り方

褒めて伸ばすとは言っても、褒めているだけでよいだろうか。もちろん、それだけでは成長しない。例えば、若手が営業先で顧客に失礼な言い方をしたとする。そのようなときに何も注意をしなかったら、同じ過ちを繰り返し、顧客を失ってしまうことにもなりかねない。叱るという行為にも「成長を促す」効果があるのだ。

しかし、「何をやってるんだ!そんなんじゃダメだろう」と感情のまま頭ごなしに怒られると、どうだろう。失敗をしたので注意されるのは仕方がないとしても、納得はいかない。何が悪かったのかという肝心なポイントは伝わらず、嫌な思いしか残らない。そのときの行動は止まっても、腑に落ちないので、前向きな改善にはまったくつながらないのだ。

何を叱るのか

職場のルールや社会常識から外れることをしたときは、1回目にしっかりと注意をする。

例えば、遅刻の連絡をメールでしてきたような場合は「遅刻の連絡はメールではなく、電話でするものだよ」とか、初めて営業先から仕事を取ってきたときに御礼をメールでしたような場合は「仕事をもらえたときは、メールではなく必ず電話で直接御礼を伝えるものだよ」というように、きちんとルールを教えることが大切だ。

最初に許されてしまうと、2度目に注意をされた際、「前はよかったのに(○○さんはよいと言ったのに)なんでダメなの?」と本人が戸惑ってしまううえに、不満の材料にもなりかねない。

初めての指示や業務でできなかったときは、事の重大さにもよるが、基本的には叱らない。指示や教え方が悪かったかもしれないと、指導をした側も反省してほしい。間違いを指摘して、やり直させるに留めよう。

若手に「腹が立った瞬間は?」と聞くと、断トツで多い回答が「理不尽なことで怒られたとき」だ。まったく自分と関連のないことで怒られる。同じことをしても、あるときは「いいよ、いいよ」と言われ、あるときは「ダメじゃないか」と怒られる。「自分の頭で考えて」と突き放しておいて、自分で行動すると「勝手なことをするな」と怒られる――。そういう経験が続くと「じゃあ、一体どうすればいいの?」と非常に混乱してしまう。指導には一貫性を持たせてほしい。

労ったうえで傾聴し今後のためにフォロー

いつ、どのように叱るか

どのようなミスでも、同じ失敗を繰り返した2度目からは時間を取って指導を行う。ただ、失敗を冒した本人が一番「しまった」と思っているので、頭ごなしに叱らないこと。効果を高めるには図表2の手順を踏むとよい。

その際のポイントは二つ。「話に耳を傾けること」と「指導の前後を労いとフォローで挟むこと」だ。

次につなげるには、失敗した本人に経験を活かそうと自覚させる必要がある。「失敗はしたけれども、いい経験をした。この経験を糧により成長するぞ」と思えるように導く必要があるわけだ。

失敗したときは思わず「しまった!」と慌ててしまうが、この気持ちが落ち着いて初めて、客観的に出来事を分析できるようになるもの。「しまった!」という気持ちを十分に受け止め、そればかりが頭を占める状態を終わらせ、気にならない状態にしてあげることが大切だ。そのうえで、どうすれば改善できるかを伝える。

叱るときは、その前にまず労いの言葉を入れること。そして、叱った後には必ずフォローをしよう。「叱る」を「労い」と「フォロー」で挟むと、叱った内容と叱った人の思いが、本人の心の中にスーッと染み込んでいく(図表3)。「自分のことを思って言ってくれたんだ」と本人が思えることが欠かせない。

叱る際の言い方だが、褒める場合と異なって、YOU(人格)ではなく行動を指摘することがポイントとなる。「お前はダメだ」は人格を否定されたように感じて、言われた本人はとても傷つく。「書類のミスはダメだよ」というように、必ず行動を指摘しよう。そして、その次に、改善のためのアドバイスを行うのだ。

 

③伝え方・接し方のコツ

掛ける言葉そのものも大切だが、メッセージは言語情報以外の要素も重要である。一例を挙げると、「ありがとう」と言ったときの表情や声だ。無表情で面倒くさそうに言っても、相手は「感謝していないな」と受け止めるだろう。伝えたい言葉は、表情を添えると効果が高まる。

若手はその表情を敏感にキャッチする。上司や先輩が気に掛けてくれているか、どのように自分を評価しているか、見ているかを気にしているものだ。時間をかけて言葉を尽くすのも大事だが、時間がなければ、非言語、つまり、言葉以外の表情や態度で伝えることもできる。

日頃からありがとうと口にする練習を

笑顔に手振りを添えて、まずは簡単で効果が高い「ありがとう」から始めてみよう。なかなか言えない人もいるかと思うが、それは普段からその言葉を使っていないからだ。知っている言葉と使える言葉は違う。「ありがとう」という言葉は誰でも知ってはいるが、普段から使っていなければ出てこない。

日頃から「ありがとう」と口にする練習をしてみてほしい。そして徐々に、「頑張ってるね」「いいね」「よかった」「嬉しい」「助かった」なども口にするようにして、使えるようにしていこう。さらに、「さすがだね」「その調子で」「期待してるよ」などと続ける。これができるようになれば、若手のやる気スイッチがONになる。

ここまで、限られた時間の中でもできる指導育成のコツを述べてきたが、若手の成長は今後の組織の成長のカギを握る。ぜひ楽しんで指導にあたってほしい。

執筆者

原 美聖 (はら みさと)
株式会社オフィシア 代表取締役

上智大学卒。JPモルガンにて資金為替部、グローバルマーケット部に勤務後、株式会社オフィシアを創業。官公庁、大手金融機関、一般企業向けに人事コンサルティング、研修を多数実施。

官公庁・企業向けのコンサルティング、カウンセリング、研修を実施するかたわら、東京家庭裁判所非常勤職員 (人訴事件担当参与員) を務める。また、東京都若者相談 [若ナビ] 事業責任者、日本ゲシュタルト療法学会監査役を歴任。

資格

公認心理師、キャリアコンサルタント、シニア産業カウンセラー、EAPコンサルタント