コラム

2019年11月: 関西電力事件で考えるコンプライアンス [オフィシア・ニュースレター]

2019年11月: 関西電力事件で考えるコンプライアンス [オフィシア・ニュースレター]

執筆者
株式会社オフィシア法律顧問
原 文之

今回のニュースレターの題名は、「関西電力事件考える」ではなく、「関西電力事件考えるコンプライアンス」です。

 

 

官から民への金品の流れ

関西電力の複数の幹部が、同社の原子力発電所が立地する福井県高浜町の元助役から多額の金品を受け取っていた問題については大きく報道され、関西電力の幹部が辞職する事態になりました。今のところ刑事事件として捜査されているという報道はありませんが、今後も各方面の調査により新たな事実が明らかになることが予想されます。

ところで、この事件の報道に最初に接した時、読者の中には通常の贈収賄事件とは逆の「官→民」という金品の流れに違和感を持たれた方も多かったのではないでしょうか。もっとも、直接金品を渡したのは、「元」助役の民間人ですが、この森山という人物が高浜町における何らかの役割と無関係に関西電力に金品を送ったと考える人はいないでしょう。そうすると、原発という金のなる樹(高浜町の歳入は多くを原発関係の交付金に依存している)を誘致するために、自治体が関西電力幹部に金品を配りその判断に影響を与えたという構図なのでしょうか。

しかし、高浜原発の4号機(最後に建設された原子炉)が営業運転を開始したのは1985年のことですから、「誘致」といえるような活動はとっくに終わっているはずですし、高浜町の公金が関西電力への金品の供与に使われたという事情もないようです。結局のところ、この事件は地元の建設会社と関西電力という、工事の受注者と発注者の民間企業間の問題であり、そこに地元のドンともいうべき元助役が絡んだものだということができるでしょう。

 

 

民間企業が発注元役職員に金品を交付することは許されるか?

そこで考えたいのは、民間企業が他の民間企業から事業を受注するために、発注企業の役職員に金品を交付するということについての法規制はどうなっているのかということです。

刑法の収賄の罪は、行為主体が公務員、公務員になろうとする者、公務員であった者に限定されていますが(特定の企業体の役職員は、「みなし公務員」としてこの罪の適用対象となります)、これらの者が職務に関して賄賂を収受した場合を広くカバーしており、正当な業務執行に伴うものであっても罪とされます。これに対し、会社法967条は取締役、監査役、執行役、支配人、ある種類又は特定の事項の委任を受けた使用人等が、その職務に関し、不正の請託を受けて、財産上の利益を享受し、又はその要求若しくは約束をしたときには会社法上の収賄として、また、これらの利益を供与し、又はその申し込み若しくは約束をした者は贈賄として罰することを定めています1

1: なお、不正競争防止法18条は、行為主体を限定せず、何人であっても、国際的な商取引に関して営業上の不正の利益を得るために、外国公務員に対しその職務に関する行為をさせ若しくはさせないこと等を目的として金銭その他の利益を供与し、又はその申込み若しくは約束をすることを禁止しています。この場合、外国公務員の行為は不正である必要はなく、通常の業務上の行為であっても禁止の対象となりますが、利益を供与する側に不正の利益を得るという目的が必要です。何をもって不正の利益というべきかは必ずしも明確だはありませんが、例えば発注側が自らの利益を削って(すなわち、事業代金に上乗せすることなく)、外国における手続きが停滞することのないように外国公務員に金品を供与した場合等に禁止の対象とはならない可能性があります。

すなわち、我国の現在の制度では、民間企業が他の民間企業である取引先に金品を供与したとしても、それが不正な行為を目的とするものでなく、当然行われるべき行為を優先的に取り計らってもらう等の場合には、罪に問われないことになります。

 

 

英国の贈収賄法を概観する

しかし、この日本基準が、何時までも維持されるとは限りません。というのは、海外ではより広い適用範囲を持つ「反腐敗法」が採用されつつあるからです。以下では、世界で最も厳しいといわれる英国の2010年贈収賄法(UK Bribery Act 2010)を概観します。

この法律は5章16条からなりますが、そのうち第1章が通常の贈収賄罪、第2章が外国公務員に対する贈収賄罪、第3章が事業組織の贈収賄防止義務について定めており、第4章以下には手続規定が定められています。

第1章第1条には、罪となる行為として、

(1)他人をして対象職務又は活動(relevant function or activity)を不正に行わせるよう誘導(induce)する目的で、他人に金銭的その他の利益を提供し、約束し又は供与すること、
(2)他人が対象職務又は活動を不正に行ったことの報酬として、他人に金銭的その他の利益を提供し、約束し又は供与すること、
(3)受領者がそれを受取ること自体が、対象職務又は活動を不正に行うことに当たるということを知りながら他人に金銭的その他の利益を提供し、約束し又は供与すること、

を挙げています。なお、(1)と(2)の場合、利益を受取る「他人」と対象職務又は活動を行う「他人」は同一である必要はないとされています。

第2条には、賄賂を受け取る側の罪となる行為が挙げられています。行為類型は第1条に対応していますが、自分自身又は第三者が金銭的その他の利益を要求するか、受け取ることに同意するか、又は、受け取ることを期待して(in anticipation of)、対象職務又は活動を不正に行うことが加えられています。

第3条では、何が「対象」職務又は活動に該当するかの定義が定められています。それによれば、次の(a)から(d)のいずれかに該当し、かつ、下記の(A)から(C)のいずれかの条件に合致するものが「対象」職務又は活動に当たるものとされています。

  • (a) 何らかの公的な職務、
  • (b) ビジネスに関連する何らかの活動、
  • (c) 雇用された業務の過程で行われる何らかの活動、又は
  • (d) 人の集団(法人であるか否かを問わない)により又はそのために行われる活動。
    • (A) 職務又は活動を行う個人が、それを誠実に(in good faith)行うことが期待されていること、
    • (B) 職務又は活動を行う個人が、それを公平に(impartially)行うことが期待されていること、又は
    • (C) 職務又は活動を行う個人が、それを行うことにより信任関係(in a position of trust)に立っていること。

このように、この法律の対象となる職務又は行為は広範なものとされています。

第4条は、何が「不正な」行為に当たるかを定義しています。すなわち、もし対象職務又は行為が、それにふさわしい期待に反して行われる場合には、それは「不正に」行われたとされ、また、職務又は行為が懈怠され、その懈怠がそれにふさわしい期待に反している場合にも、対象職務又は行為が不正に行われたとされます。

ここにいう「ふさわしい期待」とは、上記(A)又は(B)の条件に該当する職務又は活動の場合には、その条件に示されている期待を意味し、上記(C)の条件に該当する場合には、その条件に示されている信任関係ゆえに期待される職務又は活動の方法又はそれが行われる理由についての期待を意味することとされています。

以上述べた賄賂に関する罪に当たる行為は、英国内で行われたものに限られません。また、第3条及び第4条に述べる「期待」を判断する際には、成文法により許容されているか、強制されている場合を除き、その国または地方の慣習は無視すべきものとされています。したがって、ある国で輸入許可を得るためには関係者になにがしかの利益を供与することが慣習とされていたとしても、そのような慣習はこの法律にいう「期待」には含まれないということになります。

第2章は、外国公務員に対する賄賂の罪について定めています。ここでは詳細は述べませんが、注意するべきは金銭的その他の利益を供与することが法律等により正当化されていない限り、外国公務員の行動に影響を与える目的でそのような利益を供与することが一般的に禁止されており、外国公務員の職務又は行為が「不正」のものであることは、罪の要件とはされていないことです。したがって、通常の手続きを滞りなく処理してもらうために支払ういわゆる「facilitation payment」もこの法律の下では違法とされます。

この法律に関するガイドラインでは、通常の接待(スポーツ観戦チケット等を含む)や販売促進活動は賄賂とはされないものの、そのような外観を借りて取引先の判断に影響を及ぼそうとする場合には、賄賂とみなされることがあるとされています。

第3章は、事業組織(commercial organisation)に関連する個人が、その事業組織のために他人に賄賂を供与したときは、その事業組織も有罪とされることが定められています。一方において、その事業組織が賄賂に係る犯罪を防止するための十分な措置を講じていることが証明されれば、事業組織は罪に問われないことも定められています。また、この法律では事業組織が講ずべき措置が具体的に定められていますが、英国政府は法律とは別により詳細なガイダンスを公表しており、そこでは次の6つの原則が掲げられています。

1. リスクベース・アプローチ(Proportionate procedures)
2. トップのコミットメント(Top-level commitment)
3. リスク評価(Risk assessment)
4. 注意義務(Due diligence)
5. コミュニケーションと研修(Communication / training)
6. 監視と見直し(Monitoring and review)

この法律は、英国の国内法ではありますが、行為の一部が英国で行われたり、英国外で行われた行為であっても、英国企業等がかかわる場合には適用される可能性があります。また、この法律は今後の反腐敗法制の一つの方向性を示すものであり、日本企業も参考にすべきものであると考えます。特に最後にご紹介した6つの原則は日本企業にとっても有益なものであると思われます。

以上

執筆者

原 文之 (はら ふみゆき)
株式会社オフィシア 法律顧問

東京大学法学部卒、ロンドン・ビジネススクール卒 (MBA)、東京大学法科大学院卒 (法務博士)。BNPパリバ銀行ならびBNPパリバ証券会社にて商品開発部(デリバティブ)部長、コンプライアンス部部長。その後、UBS証券マネージングディレクター、コンプライアンス部部長。

国際銀行協会証券分科会理事、株式会社保険振替機構取締役、日本証券業協会自主規制企画委員会委員を歴任。

資格

弁護士