執筆者
株式会社オフィシア代表
原 美聖
厚労省が公表している「職場改善のためのヒント集」を用いて、営業店のスタッフが、自分たちで課題を発見し業務改善を進めるプロセスを解説する。
筆者が人事コンサルティングをしていると、時代の変化を感じる。少し前までは「若手の離職者を減らすにはどのような対策をとったらよいでしょうか」という質問が多かったが、就活市場が売り手市場になった最近は「良い人材を採るためには何をすればよいか教えてください」に変わっている。今後ますます、その傾向は顕著になっていくだろう。
今は就活の際、本人はもちろん親も総出でしっかりと情報を集めて会社を見極めるため、就活生に人気のある金融機関ですら安泰ではない。良い人材が集まるかどうかは、その職場がどれだけ働きやすい職場であるか――つまり「働き方改革」にかかっているのだ。
ひと口に職場環境といっても、その環境要因は多岐にわたり、様々な要因が複雑に絡み合い、影響を与えあっている。そして、同じ「金融機関」といってもそれぞれに特徴があり、その職場の状況を一番よく知っているのは、現場で働いている一人ひとりである。ここでは、厚生労働省が公表している「職場改善のためのヒント集-アクションチェックリスト」を使って、営業店のスタッフが、自分たち自身で課題を見つけて改善を進める方法を紹介する。
各職場に合わせた改善を行うためのヒントが得られる
このヒント集は、六つの領域、30項目に分類してチェックリストとしてまとめてある。職場環境の良否をチェックするものではなく、あくまでも、未来へつなげるための〝たたき台〟だ。
職場で取り上げたい改善策を選択する方式になっており、各職場に合わせた改善を行うための目のつけどころや改善の考え方を理解するのに役立つ。職場で一緒に働く従業員同士でグループディスカッションなどを行い、皆で検討することが効果的だ。
具体的な手順を説明する前に、一つ念頭に置いておいてほしいことがある。「自由に発言でき、提案が実行される職場の風土」。実は、これが一番大切である。
筆者が金融機関に勤めていたときの話だが、入行1年目の会議の席でこんなことがあった。議題は前もって全員に渡されていたが、新人なので黙って皆の意見を聞いていた。すると、部長から「あなたはどのような意見ですか?」と話を振られたのだ。何も答えられずにいると、「何も考えてきていないの? 1年目でもちゃんと自分の意見を持って出席しなさい」と指導された。反省して2回目からは自分の意見を伝えるようにしたら、良い意見だった場合は、即採用。すぐに実行に移してもらえた。
今思い返しても、良い意見は採用する風土の職場は、やる気と活気にあふれていた。人は当事者意識を持てたときにモチベーションが高まるという良い例だろう。
対策が必要か不要か優先すべきかを選別
ここからはアクションチェックリストの活用法を、順を追って説明しよう。サンプル1・2の30項目のチェックポイントは、職場環境改善、つまり「働き方改革」を行ううえでのヒントが盛り込まれている。厚生労働省のリストを参考に筆者が作成したので、営業店・部署の状況に応じて自由にアレンジして使ってほしい。
1.記入
まずは、各自がチェック項目で述べられている対策について次のように記入する(サンプル3)。
①その対策が実施済みであれば「すでに実施している」にチェックを入れ、その内容をメモ欄に記入する。働きやすい職場づくりに特に役立っていれば、「特に役立っている」にもチェックを入れよう。
②その対策が必要な場合は「提案する」にチェックをする。すでに対策がとられていても、さらに改善が必要と考える場合には、「提案する」にチェックを入れよう。その対策を優先的に実施したほうがよいなら「優先的に提案する」にもチェックを入れる。
③その対策が不要な場合、「提案しない」にチェックを付ける。
このチェック結果は、その後のグループ討議を通して、職場環境の改善策(働き方改革)に関する優先課題の洗い出しに使う。グループ討議に役立ちそうな感想も適宜、書きとめておく。事前にチェックリストを配り、記入した状態で始める、参加できなかったメンバーの意見も反映できるようにチェックリストを事前に提出してもらう、後日意見を聞く機会を設ける、などの工夫もできるだろう。
2.グループ討議
記入が終わったら、問題の改善策をグループ討議で考えていく。
筆者の経験上、グループ討議は4人1組で行うと、話が出やすく、まとめやすい。グループごとにテーブルを囲むなど、参加者がアイデアを出し合える雰囲気をづくりを行う。飲み物や飴などを用意するのもよいだろう。
討議を始める前に、司会と書記、発表者を決める。司会には、総合司会者(全体のまとめ役、ファシリテーター)のほかに、グループごとの司会者も決める。書記と発表者もグループにつき1人選ぶ。総合司会者は、参加者の意見を上手に引き出し、全員の意見に耳を傾けることができて、討議を盛り上げながら意見をまとめられる(ファシリテーション力が高い)人に任せると効果的である。前もって司会者を決めておいてもよいだろう。
現状の良い点を挙げてから改善点を話し合う
司会者と書記が決まったら、司会者から、①相手の意見を否定しないこと、②できない理由ではなく、前向きな「できる方法」を考えること、③良い意見が出たと思ったときは、声に出して「いいね」と承認の言葉を伝えること、などのルールを伝える。
グループ討議では、まず最初に職場で実践できている「良い点」を挙げて話し合い、その後に「改善点」を話し合う。改善点だけではなく、今現在できている良い点も話し合うことがポイント。職場の肯定感を高めると同時に、改善点を考える意欲向上にもつながる。改善点に関しては、改善法を、いつから、誰が、どのように、どんな工夫を加えるか、を具体的に考えていく。
討論されたことは、書記がホワイトボード等に書き出し、グループごとに、良い点のベスト3、改善点・改善法のベスト3を選ぶ。
討議を行う際は次の点に留意してほしい。
- 問題点を議論するのではなく、取り組むことができるかという視点で到達点を一緒に考える
- 抽象的な事柄や表現ではなく、具体的なアイデアや行動など、実行可能な対策を考える
- 最初に良い点を討議し、次に改善点について討議する
- 参加者の問題点や弱みを挙げるのではなく、強みや長所を活かす
- グループ討議で決めたことは、協力して実施することを確認する
- グループ討議は、一緒に問題の解決方法を考えることで、「人とのつながり」という大切な関係性の構築を促せる。その後のチームワークやモチベーションの向上にも役立ってくれる。
- まとまった時間をとれない場合は、複数日程に分割してもよい。「今日はチェックリストのA・B分野の討議を行う日」などとすれば短時間で実施しやすいだろう。
3.発表と実行
討議が終わったら、各グループから良い点と改善点を発表してもらう。実行できている良い点は成功例として皆の参考になるし、改善点と改善策も他のグループの人にとって良策となることが多い。
発表が終わったら、総合司会が各グループの意見を集約し、参加者の合意を得ながら今後のアクションプランを立てる。
その後は、プランごとに職場環境改善取組みシートを作成して、職場で実践。毎月の進捗を記録していく。3カ月、6カ月の節目で検証し、PDCAサイクルを回していこう。
サンプル4・5では、「有休取得率向上」と「会議の時間短縮」という、多くの職場で取り組んでいる二つの課題について職場環境改善取組みシートの例を挙げた。これも参考にしてほしい。
自らが参画・実行する当事者意識がカギ
最後に、「職場改善のためのヒント集」を使った見直し以外も含めて、働き方改革を現場で進めていくうえでの注意点を説明する。
意識改革
職場を挙げて「働き方改革」に取り組む意思をトップ(支店長や管理者)が明確に表明し、役職や上下関係などに気兼ねせず、効果的と思われる対策が提案でき、実行できる風土を作ること。
従業員参画
冒頭で筆者の経験を紹介したが、キーワードは「当事者意識」だ。従業員自らが参画して実行することにより、当事者意識が高まり、帰属意識も強くなる。特に若手に関しては、若手ならではの発想や面白い視点がたくさんあるので、経験が浅いからと取り入れないのではなく、反対に新しい意見を積極的に取り入れるとよい。
また、担当者を決めて改革の推進役としての役割を与えることで、仕事へのモチベーションにもつながる効果がある。任命するときは、業務命令として押し付けるのではなく、「君が適任だから」と承認と評価を伝えて、その後のサポートやフォローも忘れないようにしたい。
実現可能性と可視化
「スモールステップ」と「可視化」もポイントとなる。心理的ハードルが高いと、やる気が下がり、継続もできなくなる。実行可能な目標設定をして、具体的で取り組みやすいよう少しずつ段階を踏んで行うようにしよう。実行していること、進んでいる状況を、貼り出したりホワイトボードに記入したりして、従業員に見えるようにすることが成功の秘訣だ。
柔軟性
従来のやり方(枠組)にとらわれた「これまで○○でやっていた」「○○でなければいけない」といった考えは足枷になるだけ。慣例に固執する発想は捨て、柔軟なアイデアを歓迎する。
改善策を実行し始めたらPDCAサイクルを回し、定期的(3~6カ月ごと)に見直して、気付いた点を柔軟に修正する。その際は次の三つのルールを守ろう。
- 上手くいっているなら変えない
- 上手くいっていないなら変える
- 変えて上手くいったら繰り返す
後向きの原因追求よりも将来像の実現方法を考える
解決志向型アプローチ
問題解決法には2種類の方法がある。「原因志向型アプローチ」と「解決志向型アプローチ」だ。
前者は、問題が起こったとき、原因を特定し、それを改善することで解決に導こうとする方法である。討議でこの手法を採ると、原因を追究するうちにネガティブな思考や発言につながりやすく、制度や人に対する批判が出がちになる。話が横道に脱線して時間が長引くと同時に、参加者のモチベーションが下がりかねない。
一方の解決志向型アプローチは、最終的にどうなっていたいかというゴール(完全未来像)を先に設定して、今ある資源を使って、それに向かってできそうな具体的な策を考えていく方法だ。原因を特定しないのが特徴で、時間が短縮される。それと同時に、プラス思考で前向きな案を出していくので、参加者のストレスが少なくて済む。改善策を出すためのディスカッションには、こちらのほうが有効である。
毎日勤める職場は、快適に働ける場であってほしいものだ。従業員一人ひとりが考えた働きやすい職場づくりを皆で後押しし、実践していってもらいたい。
執筆者 原 美聖 (はら みさと) 上智大学卒。JPモルガンにて資金為替部、グローバルマーケット部に勤務後、株式会社オフィシアを創業。官公庁、大手金融機関、一般企業向けに人事コンサルティング、研修を多数実施。 官公庁・企業向けのコンサルティング、カウンセリング、研修を実施するかたわら、東京家庭裁判所非常勤職員 (人訴事件担当参与員) を務める。また、東京都若者相談 [若ナビ] 事業責任者、日本ゲシュタルト療法学会監査役を歴任。 資格 公認心理師、キャリアコンサルタント、シニア産業カウンセラー、EAPコンサルタント |