執筆者
株式会社オフィシア法律顧問
原 文之
1. はじめに
職業能力開発促進法及び関係政省令の改正により、2016 年 4 月から国家資格としてのキャリアコンサルタント登録制度がスタートした。これまでも、厚生労働省職業能力開発局長が指定する民間の能力評価試験に合格した者がキャリア・コンサルタント(いわゆる「標準レベル・キャリア・コンサルタント」)として活動していたが、4 月からは原則として厚生労働大臣の行う(実際には登録試験機関に委任して行わせる)キャリアコンサルタント試験に合格し、厚生労働省に備えるキャリアコンサルタント名簿に登録された者以外は「キャリアコンサルタント」、又は、これと紛らわしい名称を使用することはできないことになった。この制度は、キャリアコンサルティングに携わる者の資質、知識等の最低保証を提供することにより、労働者が安心してコンサルティングを受けることができるようになり、ひいては、労働者が主体的に自己のキャリア形成を行い、経済社会全体としての人的資源の有効活用を達成しようとするものである。キャリアコンサルティングは独立した職業としてのみならず、企業内における機能としてもその重要性が増すことと思われることから、今回のコンプラニュースではこの制度の概要を紹介する。
2. キャリアコンサルティング
(1) 役割及び業務の独占
これまで、キャリアコンサルティングについて公的な定義はなかったが、改正後の職業能力開発促進法(以下、「促進法」という。)2 条 5 項において、「キャリアコンサルティング」とは「労働者の職業の選択、職業生活設計、又は、職業能力の開発及び向上に関する相談に応じ、助言及び指導を行うことをいう」ものと定義された。そして、事業主は、労働者が自ら職業能力の開発及び向上に関する目標を定めることを容易にするために、情報の提供、キャリアコンサルティングの機会の確保その他の援助を行うことにより、その雇用する労働者の職業生活設計に即した自発的な職業能力の開発及び向上を促進するものとされた(促進法 10 条の 3 第 1 項)。 促進法30 条の 3 は、キャリアコンサルタントは、キャリアコンサルタントの名称を用いて、キャリアコンサルティングを行うことを業とすると定めている。また、同法 30 条の 28 は、キャリアコンサルタントでない者が、キャリアコンサルタント、又は、これに紛らわしい名称を用いることを禁止している。この結果、キャリアコンサルタント以外の者が業として、労働者の職業の選択、職業生活設計、又は、職業能力の開発及び向上に関する相談に応じ、助言及び指導を行うことは、実質的に禁止されることとなった。
なお、キャリアコンサルタントには、法律上、信用を維持する義務と、守秘義務が課されている(促進法 30 条の 27)。
(2) 国家試験
それでは、法律の定める「キャリアコンサルタント」となるには、どうすればよいのであろうか。この点について、促進法 30 条の 19 はキャリアコンサルタント試験に合格し、厚生労働省に備えるキャリアコンサルタント名簿に、氏名、事務所の所在地等の事項の登録を受けることによりキャリアコンサルタントになれることを定めている。実際の登録事務は、厚生労働大臣が指
定した指定登録機関である特定非営利活動法人キャリア・コンサルティング協議会が行うこととなっている。
(3) 受験資格
キャリアコンサルタント試験(学科試験及び実技試験からなる)は、厚生労働大臣の登録を受けた法人(「登録試験機関」)が行うが、この試験を受けるためには、原則として、①所定の講習
過程(従来の 140 時間のモデル・カリキュラムによる養成講座と同水準の認定養成講習)を修了しているか、若しくは、②所定の 3 年以上の実務経験を有する者であるか、又は、③前記①、又
は、②と同等以上の能力を有する者として厚生労働省令で定めるものである必要がある(促進法30 条の 4 第 3 項)。このうち③については、省令でキャリアコンサルティング技能検定 1 級若しくは 2 級の学科試験若しくは実技試験に合格した者、又は、上記①、②、③と同等以上の能力を有すると認められる者として厚生労働大臣が定める者(現在のところ、この定めはされていない。)とされている。
なお、キャリアコンサルティング技能検定の学科試験、又は、技能試験の片方の合格者はそれぞれ対応するキャリアコンサルタント試験を免除されており、その結果両方の試験に合格してキャリアコンサルティング技能士の資格を有する者は、キャリアコンサルタント試験を受験することなく、キャリアコンサルタントとして登録を受けることができる(促進法 30 条の 4 第 4 項、
施行規則 48 条の 5)。
(4) 試験科目
試験科目は、①促進法及び関係法令、②キャリアコンサルティング理論、③キャリアコンサルティング実務、④キャリアコンサルティングの社会的意義、及び⑤キャラコンサルタントの倫
理と行動のそれぞれに関するものと定められている。
(5) キャリアコンサルティング技能士との関係
これまでも、厚生労働省の技能検定制度においてキャリアコンサルティング技能士 1 級(指導レベル)及び同 2 級(熟練レベル)が定められていた。キャリアコンサルティング技能検定に
おいては実務経験年数が受験要件として定められており(実務経験のみを基準とする場合には 1級において 10 年、2 級において 5 年の経験が必要とされる。)、技能検定が求める能力水準はキ
ャリアコンサルタント国家資格試験が求める能力水準の上位に位置づけられており、キャリアコンサルタントによる技能検定の取得が促進されるべきである。
(6) 更新
キャリアコンサルタントの登録は 5 年ごとに更新を受けないと失効することになっており、更新を受けるためには、①知識の維持を図るための所定の講習 8 時間以上と、②技能の維持を図るための所定の講習 30 時間以上、合計 38 時間以上の講習を受けなければならないこととされている。ただし、キャリアコンサルティング職種 1 級の技能検定合格者から実務に関する指導を受
けた時間、又は、キャリアコンサルティングの実務に従事した時間は、10 時間に限り上記②の技能講習を受けたものとみなされる。したがって、常時キャリアコンサルティング業務に従事しているキャリアコンサルタントの場合には、知識講習 8 時間と、技能講習 20 時間を受ければよいこととなる。
3. 経過措置
(1) キャリアコンサルタント試験の免除
平成 28 年 3 月末までに、厚生労働大臣がキャリアコンサルタント試験と同等以上のものであるとして指定する民間の企業、団体等の能力評価試験に合格した者(標準レベル・キャリア・コンサルタント)及びこれと同等以上の能力を有すると認められる者(日本経団連キャリア・アドバイザー養成講座修了者等)は、平成 28 年 4 月から 5 年間に限り、キャリアコンサルタント試験
の合格者とみなされ、同試験を受けることなく登録を受けることができる(附則 4 条)。
また、上記のキャリアコンサルタント能力評価試験の学科試験、実技試験の片方に合格した者、及びこれと同等の能力を有すると認められる者(日本産業カウンセラー協会の実技能力基準達成証明書の保持者等)は、上記の期間に限りキャリアコンサルタント試験の対応する科目の合格者とみなされることとされている。
(2) キャリアコンサルタント試験の受験資格に関する経過措置
平成 28 年 3 月末までに、それまでのキャリア・コンサルタント能力評価試験の受験資格として認められてきた民間の各種養成講座を修了した者は、平成 28 年 4 月から 5 年間キャリアコンサ
ルタント試験の受験資格を得ているものとみなされる(附則 3 条)。
4. 終わりに
労働者個々人が主体的なキャリア形成を実現するためには、キャリアコンサルティングの機会が提供されるだけでは十分でなく、基本的には労働市場の流動性が十分にあり、労働者が望め
ば、その能力に応じた転職の機会が確保されることが必要である。しかし、これまで終身雇用制度を前提に働いてきた労働者には、獲得可能なキャリア・オポチュニティーに関する知識を得る機会も、自己の資質、適性についての十分な分析を行う機会も十分でなかったと思われる。今後、我が国の産業構造が変化するにつれ、労働者各人がキャリアプランを立てて企業間でも同一企業内でも主体的に自分にあった職場を探すことが必要になり、そのことが社会全体として適材適所を実現することにもなるものと思われる。 キャリアコンサルタントはそのための重要なインフラの一部となることが期待される。
以上
執筆者 原 文之 (はら ふみゆき) 東京大学法学部卒、ロンドン・ビジネススクール卒 (MBA)、東京大学法科大学院卒 (法務博士)。BNPパリバ銀行ならびBNPパリバ証券会社にて商品開発部(デリバティブ)部長、コンプライアンス部部長。その後、UBS証券マネージングディレクター、コンプライアンス部部長。 国際銀行協会証券分科会理事、株式会社保険振替機構取締役、日本証券業協会自主規制企画委員会委員を歴任。 資格 弁護士 |