コラム

[2019-2020年版] 職場におけるパワハラ防止対策

[2019-2020年版] 職場におけるパワハラ防止対策

執筆者
株式会社オフィシア代表
原 美聖

ハラスメントが起きる組織の土壌には、企業風土があります。そして、利益最優先の企業風土こそがパワハラの放置を招く最大の要因です。パワハラは特に、利益を上げている従業員、有能と言われている従業員が行っているケースが多いため誰も注意ができない、周囲も皆、嫌な気持ちになっていても見て見ぬふりをする、介入して自分に不利益が起こったら困るという心理も働いて言い出せない、といったケースが多いのが特徴です。自分の言動に気づいて行動変容をしてもらうために、特に管理職には、意識と言動を変えるための働きかけを続けることが重要です。また、部下から上司、後輩から先輩、同僚同士のパワハラもありますので、従業員全員の正しい知識の習得は必須です。

一方で、上司からの指導で不快な思いをしたという理由で「パワハラされた」と言ってくるケースも増えています。例えば「取引先への訪問時間に遅れてきた時に、顧客先のビルで叱られた」とか「1か月後までに考えて提出してほしい、と上司が部下に期限を決めて伝えたが、期限を過ぎても返答がなく催促したところ、『上司に何度も催促されて嫌な気持ちになった』」という理由でパワハラを訴えるケースです。これは、上司の指導でありパワハラではありません。

どうしてこのような訴えが出てくるのでしょうか。第一には、パワハラについての正しい知識が不十分だからです。「不快な気分になった=パワハラ」と勘違いしている訳で、これでは指導もできない状況になります。厚生労働省の報告書にも「上司には、自らの権限を発揮し、職場をまとめ、人材を育成していく役割があり、必要な指導を適正に行うことまでためらってはならない」という文言が追加されました。したがって、管理職だけではなく、一般職や契約社員、パート社員も含めた全労働者に対して、パワーハラスメントに関する正しい知識の習得、更には、指導の受け方も学ぶといいでしょう。

 

 

■「適切な指導法」を知り、実践する

職場でできるパワハラ防止策の一つとして、適切な指導法を学ぶことがあります。

 

(1)褒める・叱ることの重要性

人は、何かしらの組織や集団に属した時に、その所属した集団の中で「認められたい」という気持ち、すなわち「承認の欲求」が沸いてきます。そして、その承認欲求は、他人から「褒められる」ことによって満たされます。所属した集団から“価値のある存在”と評価され、他人から認められることで「自分は今の自分でいいんだ」という自己肯定感が高まり、「やるぞ」、「もっと頑張ろう」という「意欲」に繋がるのです。

よって、褒められることがなく、承認欲求が満たされない状態で、ただ「頑張れ」「目標に到達しろ」と言われても、意欲が出ていないので頑張れません。逆に、やらされ感と無力感が増すばかりです。さらには、周囲から「頑張れ」と言われるままに努力をしたのに褒められない、認められないとなると、「何故認められないのにこんなことをしなければならないのか?」と疑問を持ち、「どうせ何をしても自分はダメだ」と自己肯定感も低くなり、モチベーションも上がらなくなるのです。

よって、タイミング良く効果的に「褒める」ことが、モチベーションを高めるポイントです。

 

(2)やる気を高める褒め方

では、やる気を高めるためには、どのように褒めれば良いのでしょうか。

① まずは、具体的な長所や得意分野から褒める

長所については、元気がいい若手には「元気がいいね。職場が活気づくよ」と褒めます。反対に、静かに黙々と仕事をするタイプには「落ち着いているね。安定感があっていいよ」と伝えます。要は、どのようなタイプでも、見方を変えれば長所になります。

そして、各人の得意分野については、それが活かされたタイミングで、すかさず褒めるのが大切です。例えば、PCスキルが高い若手にソフトの使い方を教えてもらった場合です。教えてもらったその時に「よく知っているね。期待通りだね。あなた(君)がいて助かった」と褒めます。褒められた社員は、自分の能力を認められると自尊心が高まり、もっと貢献したいというモチベーションに繋がります。また、得意分野は、本人も職場でその能力を発揮したい、活かしたいと考えている場合が多いので「よし、この調子で頑張ればいいんだ」と安心できます。よって、部下、同僚が何が得意かを前もって把握しておくといいでしょう。

② 次に、本人の努力や成長を褒める

例えば、人よりも早く出社をして資格の勉強をしていたり、遅くまで残って翌日の訪問先の情報を集めている若手社員を見かけたとしましょう。その活動自体はまだ成果に繋がっていませんが、本人なりに努力をしている姿を見つけたら、その努力を認めてあげましょう。自分の努力や成長を褒められると「しっかりと自分の過程を見てくれている。めげずに頑張ろう」という意欲につながります。

③ 成果を褒める

成果を出した時は、しっかりと評価の言葉「よくやった」「頑張った」を伝えましょう。そして、褒めると同時に、更に期待されていると実感できる言葉を伝えることが有効です。「優秀な人材を配属してもらったと思っている」「いずれは○○を担当してもらいたいと思っている」「期待しているよ」と続けるといいでしょう。

④ タイミング

褒めるタイミングを外さないことが大切です。例えば、部下が新規の顧客を獲得して営業から戻って来た時に、自分は他の仕事で手が離せなかったとしましょう。「よくやった」と気持ちでは思っていても、何も言わなかった。そして、二日後に褒めたとしたらどうでしょうか。やはり効果は薄れてしまいます。

何かを達成したタイミング、つまり本人の気持ちが高まっているタイミングで褒めるのが最も効果的です。少しでも手を止めて本人のところへ行き、一言「よくやったな!」という思いを伝えましょう。本人が努力した時や頑張った時、達成したその時に、その努力や頑張りや結果を適切に褒めることにより、本人の「よし、もっと頑張ろう!」という意欲につながり、モチベーションが上がります。

⑤ ポイント「YOU&Iメッセージ」で

伝える時の効果的な言葉遣いは、「YOU&Iメッセージ」です。

・「YOUの行動」&「Iの気持ち」

例としては、「(あなたは)いつも頑張ってるね。(私は)嬉しいよ」「(あなたは)仕事が速いね。(私は)おかげで助かるわ」「(あなたは)よくやった。(私は)これからも期待しているよ」などなど。相手の行動の後に私の気持ちを伝えると相手の心に響きます。

 

(3)“次”につながる叱り方・注意の仕方

叱るという行為には「成長を促す」効果があります。例えば、部下が営業先で大切な顧客に失礼な言い方をしたとしましょう。その時に何も注意をしなかったら、同じ過ちをくり返し、最終的には(成長しないどころか)顧客を失いかねません。部下が失敗をしないために、つまり、成長のためには、叱る(=指導をする)必要があります。

しかし、「なにやってるんだ!そんなんじゃダメだろう」と感情に任せて頭ごなしに怒られると、失敗をしたので注意されるのは仕方ないとしても、納得がいきません。何が悪かったのかという肝心なポイントは伝わらず、「嫌な感情」しか残らないのです。このため、叱り方をあからじめ考えておく必要があります。具体的な行動を指摘して、改善の先、「こうしたらいい」を具体的に示すと、成功のイメージがわき、行動にも移しやすいため効果的です。

まずは、職場のルールや社会常識から外れたことをした時は、1回目にしっかり注意しましょう。なぜなら、最初に許されてしまうと、2度目に注意をされた時に「どうして?前は注意されなかったのに、なぜダメなの?」と本人が戸惑ってしまう上に、不満の材料にもなりかねません。

また、初めての指示や業務でできなかった時は、できなかった若手ではなく、指示を出した側、指導した側が反省すべき場面です。若手社員を叱るのではなく、間違いを指摘してやり直させるに留めましょう。どのようなミスでも、同じ失敗を繰り返した2度目からは叱るようにしましょう。なお、失敗は冒した本人が一番「しまった」と思っているので、頭ごなしに叱らないことが大切です。叱る手順は以下の通りです。

  1. 環境を整える:人前では叱らない。
  2. 日頃の労いの言葉を伝える:「いつもご苦労さん」「いつも頑張ってるね」
  3. 指導したい内容を客観的、具体的に伝える:「○○だったようだね」
  4. 指導者の気持ちを伝える:「心配している」
  5. 本人の弁明と気持ちを口を挟まないで聴く(傾聴):「うんうん。そう」
  6. 本人の弁明を受け止める:「そうだったんだね」
  7. 次に繋がる改善策を提案する:「次からは、○○してほしいけど、どう?」
  8. 実行可能な内容になるまで調整する:「○○なら、できそう?」
  9. 指導内容を実行させる:「しっかり頑張ってね。期待しているよ!」
  10. しばらく、声かけ、サポートなどのフォローをする:「その後、どう?」「上手くいっている?」「心配なことはない?」「何でも相談してよ」

叱り方について注意すべきなのは、以下の6点です。

① 話を十分に聴く

次に繋がる叱り方としては、自分自身が失敗を次に繋げようと自覚する必要があります。「失敗はしたけれども、いい経験をした。この経験を糧により成長するぞ」と思えるように導く必要がある訳です。“しまった”の意味には、「行動が完結してしまって、とりかえしがつかない」というニュアンスを含んでいます。失敗したことを一番“しまった!”と思っているのは本人なので、「しまった!」という気持ちに耳を傾けて受け止めることが大切で、その上で、どのようにすれば改善できるかを伝えていきましょう。

② 叱る時はサンドイッチ法で

叱る前に、労いの言葉を入れ、叱った後には、必ずフォローをしましょう。「叱る」を「労い」と「フォロー」で挟むと、叱った内容と叱った人の思いが本人の心の中にスーッと染み込んでいきます。「自分のことを思って言ってくれたんだ」という風に本人が思えることが大事です。

③ 一貫性のある指導を

若手に「腹が立った瞬間は何?」と聞くと、ダントツで多い答えが「理不尽なことで怒られた」という経験です。全く自分と関連のないことで怒られる。また、同じことをしても、ある時は「いいよ、いいよ」と言われ、ある時は「ダメじゃないか」と怒られる。また、ある時は「自分の頭で考えて」と突き放して、自分で考えてすると「勝手なことをするな」と怒られる。まだ一度も教えてもらっていないのに「何でできないの?」と言われる、などなど。そういう経験が続くと「じゃあ、いったいどうすればいいの?」とすごく混乱してしまいます。指導には一貫性を持たせることが大切です。しかし、若手が混乱する本質には、若手にそう思わせてしまう上司や先輩のコミュニケーションにあるとも言えますので、誤解を生じさせないように、若手に対してしっかりと「指導の意図を伝えること」が大切です。

「言わなくてもわかるだろう」や「わからないことがあれば聞いて」ではなく「わかるように伝えて、わかったかを確認する」ことが基本です。

④ 「人格(YOU)」ではなく、「行動」を指摘すること

叱る際は、褒める場合と異なって、「人格(YOU)」ではなく「行動」を指摘することがポイントです。「YOU(あなた)はダメだ」は人格を否定されたように感じて、言われた本人はとても傷つきます。YOUではなく行動を主語にして伝えること。「YOU(あなた)はダメだ」ではなく、「行動(書類のミス)はダメだよ」と必ず行動を指摘しましょう。そして、その次に、改善のためのアドバイスを行います。

⑤ 言語と非言語を一致させる

言語情報以外の情報が重要で、例えば「ありがとう」と言った時も、にこやかな表情で「ありがとう」と言えば感謝していると伝わりますし、無表情で面倒くさそうに「ありがとう」と言ったら、相手には「感謝していない」と受け止められるでしょう。言葉と表情を一致させて、伝えたい言葉は表情を添えて伝えましょう。

⑥指導・育成のキーワードは「安心感」

部下や後輩の育成を上手くできている上司や先輩に余暇の過ごし方を尋ねてみると「少年野球やサッカーチームのコーチをしています」と言う答えがよく返ってきます。指導のコツを伺うと、「目標を明確に持っていること」「信頼して見守ること」「できているところを褒めて、改善してほしいところを叱ること」「最後に必ずフォローすること」だそうです。そして「一緒に楽しむこと」が最も大切だそうです。

仕事では信頼関係を築いていることが重要です。信頼関係が構築された後は、たとえ少し強い口調で言われても「ありがたい指摘」という風に伝わります。「この人(上司・先輩)のためならできる。頑張れる」と思えます。普段は、挨拶、雑談程度で時間を掛けなくてもOK。でも、本人がアラートを出した時や窮地に陥った時には、じっくり時間をかけて対応をする。このメリハリが重要でしょう。

執筆者

原 美聖 (はら みさと)
株式会社オフィシア 代表取締役

上智大学卒。JPモルガンにて資金為替部、グローバルマーケット部に勤務後、株式会社オフィシアを創業。官公庁、大手金融機関、一般企業向けに人事コンサルティング、研修を多数実施。

官公庁・企業向けのコンサルティング、カウンセリング、研修を実施するかたわら、東京家庭裁判所非常勤職員 (人訴事件担当参与員) を務める。また、東京都若者相談 [若ナビ] 事業責任者、日本ゲシュタルト療法学会監査役を歴任。

資格

公認心理師、キャリアコンサルタント、シニア産業カウンセラー、EAPコンサルタント


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